サポーターズコラム

 代表 鈴木郁斗
㈱メルサ・インターナショナル・ジャパン(米国法人MELSA International LLC) 代表
鈴木 郁斗
東北山形県出身。大学生・若手人材のキャリア支援事業を展開する㈱メルサ・インターナショナル・ジャパン(米国法人MELSA INTERNATIONAL LLC)代表。航空宇宙エンジニアからのキャリアチェンジ、海外起業家への転身、米国での4年間のビジネス経験を経て、現在は日米を拠点に、グローバルビジネスとIT分野における人材育成プログラムを展開。自身も大学生向けキャリア支援活動のファシリテーターとして、文部科学省G30採択大学をはじめ、多くの国公立・私立大学の学生のグローバルキャリア支援に従事する。

日本人の魂~リトル東京という街~

みなさんは、日米関係の基盤を築いてきた米国の日系人、
そして日系人によって承継されてきたロサンゼルスの日本人街「リトル東京」をご存知でしょうか?


かつて全米に50以上あったジャパンタウンも日本経済の下落とともに次々に姿を消し、今はここLittle Tokyoとサンフランシスコのジャパンタウンが西海岸では本当の意味での「Japan Town」の機能を果たすコミュニティとして残っています。

ロサンゼルスでは、昨今のダウンタウンの活性化計画に伴い、一時閑散としていたLittle Tokyoにも多くの人が集うようになり、一気に息を吹き返してきました。しかし、賑わうLittle Tokyoの店舗の多くは、日本以外のアジア系オーナーによって所有されているのが現状であり、かつて日系人が故郷を想う憩いの場所として賑わっていたLittle Tokyoが他国の移民によって再活性されていることに複雑な想いを持っている日系人たちがいます。

アメリカ大陸における日系移民の歴史に深く関っている街「Little Tokyo」。
ここで少し、米国での日系人の歴史から、“本当のグローバルとは?“
ということについて考えてみたいと思います。

◇人生をかけてアメリカに渡った日本人たち

1800年代後半、集団移民としてカリフォルニアに移住してきた日本人たちが白人社会に溶け込むことは容易なことではありませんでした。しかしながら、彼らは様々な差別や1924年の排日移民法などの逆境にも耐え、徐々に日系コミュニティがアメリカ社会に認められてくるようになりました。しかしそんな矢先、日米の大きな溝となる出来事が起こります。第二次世界大戦です。

◇第二次世界大戦と日系アメリカ人

1941年、日本の真珠湾攻撃によるアメリカへの宣戦布告により、在米日系人は事実上強制的に財産を奪われ、日系人収容所へ送られました。そこでもまた、様々な差別に苦しむこととなります。第二次世界大戦では、日系人戦闘団(442部隊)として、日本人でありながら、日本の同盟国と戦い多くの功績を残したたくさんの日系人兵士たちがいました。そして、日本人としての魂を持ちながら、アメリカのために戦い、故郷を想い戦死した日系人兵士たちがいました。終戦後、収容所から解き放たれた日系人たちに行き場はなく、そこからまた苦難の生活が始まりました。

◇バブルと日系人

排日移民法、戦時中の差別、様々な苦境を乗り越えてきた日系人たちに、またも日本人との関係に溝ができる出来事が起こりました。バブルの時代に日本人が残した負の遺産です。バブルの時代、日系企業がこぞってロサンゼルスへ進出し、一時はLAダウンタウンの企業の1/3が日系企業という規模にもなりました。ところがバブル崩壊すると、日系企業は多くの負債を残したまま一斉に撤退し、今ではその規模は縮小したままです。そんな過去があり、財力に物を言わせて畑を荒らし、景気の下落とともにそそくさと去っていった日本企業は、アメリカ人社会から当然良く思われていません。日本からの一時的な移民には帰る家があり、撤退して帰国すれば全てが精算されても、日系人には帰る場所がなく、その負の遺産を背負わなければならなかったのです。ここでも、日系アメリカ人の複雑な思いがありました。

◇アメリカ社会における日系人の活躍

日系人初の宇宙飛行士(エリソン・オニヅカ=1986年 スペースシャトルチャレンジャー爆発事故により殉職)、政日系人初の閣僚(ノーマン・ヨシオ・ミネタ=第59代サンノゼ市長)をはじめ、米国社会において、各界で多くの日系アメリカ人が功績を残しています。また、日本人の国民性は米国社会からも賞賛され、日系アメリカ人たちが積み上げてきた歴史のおかげで、米国民からの日本人・日本文化のイメージが総じて良いというイメージがあります。過去の数々の屈辱から、せめて子供たちには辛い思いをさせまいという思いで教育に力を入れた人たちが多かったために高学歴の子孫が多く、現在では医師・弁護士・教師といった重要な職種に就く日系アメリカ人が多く存在します。現在、ロサンゼルス市警のトップ、ロサンゼルス市の公共事業部のトップ、その他議員にも多数の日系アメリカ人が活躍しています。

そんな歴史をもつ日系アメリカ人たち。
彼らのほとんどは日本語を話しません。
顔は日本人、でも言語や文化はアメリカ人。
しかし、「文化」と「魂」は違います。 彼らは確実に日本人の魂を持っています。

そして今、 彼らの歴史・想いを日本語で承継できる日系人が減り、私たちの世代でこの歴史や先祖の想いに目を向ける日本人は少なく、日系移民の魂のリレーが途絶えようとしている現状に直面しています。

彼らはどんなことがあっても決して日本人の悪口を言わず、ただただ耐えてきました。
そして今も故郷日本を想う魂を持ち続けています。

グローバル化が叫ばれる日本。
でも、グローバルって、何でしょうか?
英語ができればグローバル。
海外でビジネスに成功すればグローバル。
果たしてそうなのでしょうか?

アメリカに限った話ではありませんが、人生をかけて他国に渡った日本人がいたこと、そして彼らの歩んできた歴史が、今各国にある日系社会、ビジネスの基盤となっていること、他国における日系人の歴史に目を向け、その原点を知り、「国際社会において日本が本当に向かうべき道はどこなのか?」を追求するところに、本当のグローバルの意義があるのではないか?私はそんなふうに考えています。